平成16年度男女協働政経塾
講座10 ジェンダーからみる法の世界
 

  〜法の常識を疑う〜
 

   主任講師:大江正昭(熊本大学法学部助教授)
               
第1回
10月22日
ジェンダーと憲法 講師:大江正昭
熊本大学法学部助教授 

T.ジェンダーとは何か
 性差にはセックスとジェンダーがある。セックスは生物学的性差であり、通常XX、XYで表示されるが、XXX、XXY等もあり、生物学的にも男女は2項対立的に分け難い。
 脳には男脳・女脳があるが、それは古脳だけであり、新脳は環境により形成される。脳分化がすべてを決めるわけではないし、生物学的性差がすべてを決めるのではない。
 ジェンダーとは社会的性差についての考え方である。セックスが自然的性差観念とすれば、ジェンダーは、社会的・文化的に形成された性差観念である。
 日本国憲法14条(平等原則)は性別による差別を禁止し、民法、刑法等は性中立的となった。しかし、夫婦同氏制などを見ると、そのように言えるかどうか疑問である。
 ジェンダー法学は「性中立的な人間」のモデルは男性であり、性中立的ではなく、性中立的・普遍的という形式と権威を通じて男女の差異を堅固に構築していることを示す。

U.平等原則の考え方
 平等原則は、@各人の差異を考慮せずに平等に扱う絶対的平等とA各人の差異を考慮した異なる取扱いに合理的理由があれば差別と考えない相対的平等がある。差異かどうかの判断及びその差異に基づく異なる取扱いに合理的理由があるかどうかの判断(差別かどうかの判断)の一義的基準はない。時・所が変われば基準も変わり、従来合理性があるとされてきた異なる取扱いも合理性がなく、差別とされる可能性がある。
 現憲法下の法制度、実態、判例には、平等原則に反し女性差別というべきものが存在したし、今も存在する。例えば、国籍法の父系優先主義、再婚禁止期間規定(同合憲判決)、結婚退職制、差別又は若年定年制、家族手当、昇任・賃金差別などである。

V.ジェンダーの視点から見た憲法問題
 1.女性労働の保護問題。保護の原則撤廃は新性別役割分業体制(男性は従来のまま。女性は家事・育児+家庭外での仕事)をもたらしつつあり、男性並みを目指す女性は仕事と結婚の二者択一を迫られがちで、男女共同参画施策はこれを阻止しうるか。
 2.家族関係。夫婦同氏原則は性中立的だが、女性差別的に機能していること、氏名権を侵害し、結婚の自由を侵害していること、法律婚主義下では夫婦間では強姦をほぼ認めなかったことが示すように、性的自由はない。フェミニズムは夫婦も個人間の関係と捉え、性的自由を認める。同性間の「婚姻」を認めないが、世界的には同性間の「婚姻」を異性間のそれと「同様」に扱う法律を制定する国が拡大しつつある。
 3.女帝問題。女帝否定の皇室典範1条は、憲法14条の例外である天皇制に基づくものなので、女帝否定は女性差別であるとの主張は意味がないとする立場と、女帝否定は女性差別であり、女帝も認めるべきである、とする立場で論争がある。
 4.女性兵士問題。敵兵を殺すことが評価基準たる戦争は人権の理念と相容れない。一部フェミニズムは、兵士についても男女平等を主張し、女性兵士を男性兵士と同じ任務(訓練・戦闘)につかせるべきであると主張する。これは人権の理念ではない。
 女性差別克服のための積極的改善措置につき、全女性の劣等視につながるのではないか等の批判があり、さらに、男性側からの逆差別の主張がある。
既存の秩序とはジェンダーに基づく差別・支配秩序であり、世界諸国と連関している。ジェンダー問題は日本国内だけで解決しない。

第2回
10月29日
ジェンダーと労働 講師:遠藤隆久
熊本学園大学商学部教授
1.“平等”と“同一”
日本では、sex difference(生物学的性差)と gender difference(文化的・社会的性差)を区別しないで「性差」という言葉が使われる。その混同は、本来、お互いに性質の違ったものの間という前提の下に、共通な人格的価値を見いだして使われるはずの「平等」という概念が、性質の違いをまったく認めない「同一」という概念にすり替えられて理解されている。
その結果、労働法の世界では、gender difference(文化的・社会的性差)を解消しようとした男女雇用機会均等法を成立させ、あるいは強化する代償として、労基法にあったsex difference(生物学的性差)に着目をした女性保護規定が「平等」を貫くためには、女性が当然に失うべきものという意見が堂々と正論のように理解されてしまった。
保護と平等とは矛盾しないということは、この性差の考え方がきちんと理解されればわかることであった。
  
2.ジェンダー差別を巡る判例の概要
  これまでのジェンダー差別を無効としてきた代表的な判決を紹介しながら、判例の積み重ねによって法的には解消されてきたジェンダー差別を確認した。
その上で、今も法的には解消されていないジェンダー差別の事例としてのコース別雇用管理の問題を取り上げていった。

3.コース別雇用管理にみる間接差別【別賃金・昇格差別】
間接差別とは何かを、原告である女性社員が敗訴した平成12年7月31日の住友電工男女賃金差別訴訟大阪地裁判決に見ると次のようになる。
「事業主が採用区分を設定してコース別の人事管理を行うのは,労働者の活用のため,採用後の勤務条件や処遇を異にしているからであり,そのため,採用条件(学歴,経歴,選考試験の難易等)も採用区分に応じて異なっているのが通常である。そのような場合に,採用条件や採用後の勤務条件,処遇の異なる労働者間での昇進の違いを比較しても,そこに差があるのはむしろ当然のことであり,それをもって差別と称することはできない。」
間接差別が争われた判決は、いずれも男女別処遇が、女性社員が敗訴している。

4.裁判官にみるジェンダーバイアス
そこには、@ コース別雇用管理は、職掌の形態をとった性的役割分業にすぎない。A 判決は、コース別雇用管理が男女差別を本質とした憲法14条に違反した制度であることを認知している。B しかし、民法90条の「公序良俗」違反になるかどうかの基準として、雇用機会均等法以前、均等法改正以前と以後を振り分ける。C 他の男女差別が「公序良俗」違反に当たるとして裁判所によって解消されてきた一方で、コース制に基づく複線的雇用管理によって生じる賃金及び昇格差別が、雇用機会均等法の制定によって合法化されてきた。D 均等法の成立以前、改正以前から、男女差別状態であることを認知しながら、差別されてきた女性に対する救済は放置され、コース別雇用管理によって差別を制度化してきた企業の責任は免除される、という裁判官に共通した考え方があった。
しかし、高裁段階での和解では、女性社員は救済されており、裁判所の判断は揺れ動いている。また、現在、間接差別の禁止を盛り込んだ男女雇用機会均等法の改正がスケジュールに昇っているので、大きな流れは救済に向かっていると言える。

5.性的分業の歴史を省みながら、将来の課題を考える(結論に替えて) 
性的分業と日本的雇用慣行は、必ずしも過去からあったわけではない。男性正社員を対象とした終身雇用・年功制には、背景にアメリカの資本主義勃興期に見られたフォード主義のメダルの裏側にあった「理想の家族観」がある。すなわち、古さを指摘するだけでなくその近代性も見ておかなければ、片手落ちになる。
その上で、日本的雇用慣行の終焉が論じられるが、日本的雇用慣行が解消され成果主義が定着したとしてそれが果たしてジェンダー差別の解消に直結するのかは簡単に論じられない。
経営者団体の目指す終身雇用制の解体(日経連『新時代の「日本的経営」』1995年)に見るように、日本の経営者がめざす成果主義に男女性別分業の解消は組み込まれていないことを認識してみれば、そのことはわかる。
第3回
11月5日
ジェンダーと家族法
講師:小野義美
熊本大学大学院法曹法学部教授

 わが国の家族法は、戦後、憲法24条の「個人の尊厳と両性の本質的平等」の精神に基づき全面的に改正され、世界で最も先進的な家族法としてスタートしたのであるが、50余年経過した今日、家族関係における男女の実質的平等は実現されていない。女性差別撤廃条約(1985年批准)第16条は家族関係における差別撤廃の諸課題を提示している。本講義は婚姻と離婚問題を中心に、ジェンダーの視点から、これらの問題点を分析・検討した。

T.結婚をめぐる問題

1.結婚するための男女の最低年齢はなぜ差があるのか?
 
男満18才、女満16才の年齢制限は肉体的、精神的、経済的に未成熟な者の結婚を禁止するのが立法理由であるが、更に性別役割分業に基づいているのではないか。民法改正要綱のように男女18才に統一すべきである。
2.再婚するのに女性だけがなぜ6ヶ月も禁止されるのか?
 6ヶ月禁止の理由は前婚と再婚の父性の混乱防止にあるが、女性の再婚に関する封建的倫理観念もありそうである。父性の混乱防止のためなら最低100日で足りるはずである(民法772条)。又、高齢者の再婚などは直ちに再婚できるとの例外を拡大すべきである。
3.夫婦の氏はどのように決定されるか?
 「夫婦同氏」原則の下、現在97%の妻が夫の氏に変更している。今や「選択的夫婦別氏」を求める世論は大きく高まり、法改正を求めている。家族・夫婦の絆・一体感の脆弱化等の感情論ではなく、氏・名を「個人の人格の象徴」ととらえ、「人格権」として保護する必要があり、結婚による「同氏=改氏の強制」は避けるべきである。
4.夫はなぜ妻に対して暴力を振るうのか?
 「ドメスティック・バイオレンス:DV」は大半が「夫から妻への暴力」であり、その根底には性別役割規範意識が見られる。これを単なる「夫婦喧嘩」としてではなく、女性に対する人権侵害としてとらえ、DV防止法の制定とその見直し(「暴力」の定義の拡大、保護命令制度の拡充など)が行われた。
5.夫名義で取得された財産は夫の特有財産か?
 実態調査では、資産の所有割合は夫名義7:妻名義3と夫名義が多数である。これは性別役割分担に基づく資産の蓄積が行われていることを示している。妻の協力・寄与が正当に評価されるシステム(共有財産的構成、財産分与・相続における清算など)を考える必要がある。

U.離婚をめぐる問題
1.離婚申立(夫婦関係調整申立)をするのは夫婦のいずれか?
  申立件数62,676件の内、妻の申立が71.9%を占める。申立事由は@性格の不一致、A夫の暴力、B異性関係、C精神的虐待、とDV問題が多い。
2.離婚により氏はどうなるか?
  離婚による復氏が原則であるが、例外として届出により「婚姻中の氏」を称することができる(「婚氏続称」制度)。婚氏続称件数は毎年離婚の38%程度あり、復氏=改氏しない女性が増えている。これは「婚姻の出口」の問題であるが、「婚姻の入口」の問題としても重要である。
3.離婚により親権者は誰がなるか?
 離婚により父母の一方が親権者となるが、2001年統計では、母:79.9%,父:16.0%,父母分属:4.1%であり、圧倒的に母が単独親権者となっている。ここには子育ては母の責任とする母性神話が反映しているのではないか。共同親権・監護の方向を目指し、母性神話の打破が必要である。
4.子の養育費はきちんと支払われているか?
  父による子の養育費支払取決め状況は離婚全体の35.1%に過ぎず、その支払状況たるや、受給中:20.8%、過去に受給:16.4%、一切受給なし:62.8%である。養育費支払確保に向けて、取決協議の義務化、給与差押、間接強制などの改善が求められる。
5.財産分与はどのようになされているか?
 
財産分与は婚姻中形成財産の清算、離婚後の扶養、慰謝料としてなされるが、夫による支払が90.8%である。財産分与額は財産分与請求事件で平均430万円、離婚調停で平均380万円の少額である。協議離婚では実態すら不明である。清算の「2分の1ルール」の確立、年金分割などの改善が必要である。

第4回
11月12日
司法におけるジェンダーバイアス 講師:園田昭人
弁護士
1.性別分業や、男らしさ女らしさという性による特性は、生物的性差から直接導かれるものではなく、歴史的、社会的、文化的に造られてきたものである。男女共同参画社会とは、ジェンダー平等が実現した社会であり、いいかえればジェンダー・バイアス(ジェンダーによる偏見)の無い社会である。

2.司法は、具体的な法律上の争訟につき、憲法を頂点とする法を適用し、紛争を解決する国家作用であり、憲法の価値(個人の尊厳、両性の平等など)の実現を目的としている。したがって、最もジェンダー平等が追求されなければならないはずであるが、必ずしもそのようになっていない。

3.まず、離婚事件から考えてみたい。裁判離婚の場合、 離婚原因(民法770条1項)
が必要とされ、一般的破綻主義が取られている。東京地裁八王子支部判決S60.2. 14あるいは名古屋地裁岡崎支部判決H3.9.20(判時1409号97頁)の事例 をみると、性関係の強要や長年の暴力を認めながら、妻の離婚請求を認めておらず、妻の人権や性的自己決定権が軽視されている。司法におけるジェンダー・バイアスといえる。
  次に、強姦罪から考えてみたい。 判例、通説は、刑法177条の強姦罪が成立する要件として、「反抗を著しく困難にする暴行、脅迫」が必要であるとしている。そして、その解釈も厳格であるため、山口地裁判決S34.3.2や広島地裁判決S44.3.26(判例タイムズ235号285頁)のように、明らかに暴行が行われ同意していない事例でも強姦罪の成立を否定しているものもある。また、強姦罪においては、女性の過去の性体験や落ち度が詳細に問われる。女性の性的自由が重要な人権であり、強姦はその侵害であることが軽視されている。司法におけるジェンダー・バイアスといえる。

4.司法におけるジェンダー・バイアスを克服するには、ジェンダー・バイアスからジェンダー平等へという意識の改革が必要と思われる。意識改革と運動が権利を実現してきた。次に、司法への参画が必要と考える。法曹に女性の占める割合は、裁判官・判事7%、裁判官・判事補21.4%,検察官6.1%、弁護士8.2%であり(平成13年版・男女共同参画白書)、女性の進出が望まれる。市民として、傍聴、当事者、裁判員制度などを通じ、参加し、意見を出していただきたい。

  最も必要なことは、立法への参画と思われる。衆議院員7.5%、参議院員17.1 %であり(平成13年版・男女共同参画白書)、非常に少ない。衆議院員は、世界で100 番目くらいといわれている。1995年北京女性会議では、2000年までに女性の国会議員を少なくとも30%にするとの目標が設定されたが、わが国では実現されていない。今後の重要な課題といえる。
第5回
11月19日
法をジェンダーの視点から読む 講師:大江正昭
熊本大学法学部助教授

リプロダクティヴ・ヘルス/ライツ、人工妊娠中絶、買売春について考える。
1.リプロダクティヴ・ヘルス/ライツ(RH/R)
 RH/Rとは、性と生殖に関する健康と権利であり、女性が生涯に渡って身体的、精神的、社会的に良好な状態であることを意味する。1994年、カイロの国際人口会議で提唱された。
 RH/Rと男性との係わりはほとんど考えられてはいない。また、インターセックスの者をどう位置づけるかも問題である。カップル=男女のカップルとすることは問題がある。
「同性婚」の禁止は同性愛禁止に通じ、アメリカの動きだけでなく、各地の男女共同参画条例に関するバックラッシュは、同性愛問題は妊娠中絶問題と対応することを示している。
 HIV/エイズはサハラ以南、アジアで蔓延している。この関連で、アフリカの28ヶ国で、毎年200万人の少女に対する女性性器切除(FGM)は問題である。FGMは健康を害し、HIV感染原因であり、感染を加速する。慣習ともいわれるが、女性の健康を害する慣習とは何なのか。

2.人工妊娠中絶について
 中絶禁止問題は難問である。胎児の父親が死亡した場合の母・胎児間での相続問題は、母親と胎児はある意味で利益相反の関係にあることを示す。さらに、母体保護法は母親が中絶を行うには父親の同意が必要とする。中絶を行おうとすれば、母親は胎児と利益相反するだけでなく、父親(配偶者)と対立し、結局、女性の自己決定権は保障されていないことになる。
 人工妊娠中絶の是非については、中絶容認・選択自由派と生命尊重・中絶反対派に区分されるが、中絶実行医師射殺事件などを行う中絶反対派が生命尊重派と言えるか、疑問である。
 胎児の生命権を絶対視すれば人工妊娠中絶は許されないが、人間の生命権ほどではないと考えるならば、一定の中絶は許される。胎児の生命権を強調するドイツでも、一定条件付きで12週までの中絶を容認し、その以後でも出生前診断を通じて中絶(死産)が行われている。
 なお、堕胎罪では男性の責任が全く問われない点は問題がある。女性の自己決定権を強調することは男性の責任追求を否定しない。

3.買売春
 売春防止法は買春の男性を処罰の対象外にし、女性に厳しく、男性には性的放縦を認める「性の二重規範」に基づくものである。
 セックス・ワーク論は、個人売春、ソープランドなどでの性的サービスを労働と捉え、この労働者としての権利獲得をめざす理論である。さらに、労働法によって保護すべきとする。買売春否定派は、売春女性よりも買春男性が問題であり、買春は女性への暴力であり、賃金格差との関係で売春選択は自由意思ではないとする。買売春権利(肯定)派は、組織的・強制的売春は否定するが、売春は個人の自由・権利であり、買春は女性への暴力ではないし支払われる金銭は性的サービス=労働の対価であるとする。また、「セックスは労働ではない」とするのは「家事労働と性的サービスは無償提供さるべき」という家父長的考えに通じると批判する。
おわりに
 身体(からだ)に関わる問題を考察する場合、ほとんど女性の問題が取りあげられる。結局、社会全体(法制度を含む)が男性を基準にして構成されており、そこから、RH/R、人工妊娠中絶、売春、いずれも女性固有の問題あるいは一般論として考察され、男性の問題として意識されなかったのである。一度、男性を「主体」に考察してみると、新しい世界が開けるのではないか。

 平成16年度 男女協働政経塾報告書「自分にちからを!」
 (於:くまもと県民交流館パレア)
Coryright (C)熊本県男女共同参画センター(くまもと県民交流館パレア)