平成16年度男女協働政経塾
講座4 現代男性論講座
 

  〜男性のための幸福論〜
 

   主任講師:上野眞也(熊本大学生涯学習教育研究センター助教授)
               
第1回
7月22日
気づかないジェンダー・トラブル
(ディスカッション)
  講師:上野眞也(熊本大学生涯学習教育研究センター助教授)
 近年の社会経済環境は急速に変化しており、私たちの働き方や家族の在り方も徐々に変容をしはじめているようだ。このような変化は、一人ひとりの人生設計においても、これまでの画一的なものから、それぞれの個性に合わせたものへと再設計していくことが求められている。この講座では、日頃あまり考えたことのない「男性」というものに注目しながら、男性の生き方、考え方、行動などについて考えたいと思う。
 男性にとって「性」や「ジェンダー」というものは、異性に対するものをのぞいて、ほとんど意識されないものである。本日は、ジェンダーに関する基礎的なオリエンテーションを行い、そのあと雑誌記事などを一緒に読みながら、男性性というものの特質、その拘りで発生する身近な家族や生活上のトラブルの発生のメカニズムについて考え、どのような人生を送るとことが男性にとって幸福といえるのかを一緒に考えていきたいと思う。

1.近年の中高校生の自殺者の傾向を見ると、圧倒的に中2・中3の男子が多いことに気づく。また新聞でも自殺者が3万4千人を超えたと報道されており、そのなかでも特に30〜50代の男性が多く亡くなっている。また厳しい経済競争を反映して過労死の認定も急激に増加しているが、その家庭の多くは専業主婦と片働きの夫という家庭である。どうも男は辛いとか、困ったとか、弱音を吐かず黙って死んでいる。「いのちの電話」への相談も、圧倒的に女性で、男性は相談しないといわれる。家庭における大黒柱の夫は、健気に経済力を得るために働き続けているという構図は「男性受難の時代」の様相である。

 しかし、なぜ男性は黙って死んでいっているのだろうか。その理由の一つには、ジェンダーの問題が関わっているといわれている。<男らしさ>の縛りは、弱みは見せない、感情抑圧傾向、自分のことは自分一人で解決すべき、といった男性が男性であるための規範、メンツが関わっているようだ。ここから「男性的」という意味は、「女性的でないもの」ということがいえるだろう。優しい、美しいなどは女性の徳であり、男性は強く、リーダーシップがあり、経済力があることが求められており、男性は忠実にそんな男性の役割を果たそうとしている。

2.家庭の場面でも異変が起きており、近年では定年離婚が急増している。「ホッとする相手は誰?」という調査では、年齢とともに妻という男性が増加していくが、妻のほうは年齢による変化は見られず60%程度に固定している。離婚後の自殺率も、男性が女性の4〜5倍あるともいわれている。死別でも、残った夫は5年も持たず、妻は次第に若返り元気になるとかよく言われるが、女性は夫とともに暮らすことで消耗している面がある。
 他方で「濡れ落ち葉」と揶揄されるように、男性は定年で仕事や肩書き、名刺がなくなったとき、同時に自己のアイデンティティを喪失しがちである。企業人的生活を40年も送った男性は友人知人も少なく、趣味といった格別なく、家族とのコミュニケーションも長く妻に任せていた夫は、妻が行く後を「ワシも」といってついて回ることになりかねない。家事や料理などの「生活力のない男」と、「経済力のない女」のペアは、互いに拘束し合ってしか生きれない関係性に陥りがちである。一見平和に見える家庭の中にも、夫婦が違った思いを持って何十年も暮らしているという現実に、改めて気付かされる。

 このような夫を抱えた妻は「夫在宅ストレス症候群」にかかる場合もあるそうだ。そのような夫と妻のすれ違いの原因は、夫婦のコミュニケーション不足、古い意識の縦関係夫婦の支配と権力行使、女性自身が縛られている妻意識などがあると言えよう。

3.さて、このような<男らしさ>の危機の時代の背景は何なのだろうか。一つには女性の意識の変化や社会参加の拡大がその大きな要因であると考えられる。いま男社会の問い直しが進んでいる、つまり「男らしい男と女らしい女」の関係の問い直しが起きている。もっともシンデレラ・コンプレックスのような白馬に乗った王子様を待つ女性がいることも現実であるが。このような社会変化は男性の既得権を蝕み、男性達は疲労しはじめている。女性達は元気に、男性の意識や生活スタイルを保守的と批判し、仕事に、地域活動に、趣味にと自己実現を貪欲に追求し続けている。

 そんな男性自身は皮肉にも「男らしさ」というジェンダーの鎧でがんじがらめになっていることに気付くことなく、これまで当たり前であった男社会のルールの中で男性だけのゲームを続けようとしている構図が見えてくる。妻も、夫がもっと新しい自分を発見してくれることを望んでいるが、頑なな男性は自分の殻を破ることが怖い。

4.昭和46年頃日本テレビ系で森田健作主演の「おれは男だ!」という番組があった。男性らしさを爆発させる青春ものであるが、高度成長期の性別役割分担の典型のような番組内容であった。いま果たしてあの時代のように無邪気に「おれは男だ!」と叫ぶ男性がいるのだろうか。
 いまは、男性自身の生き方が問い直されている時代なのだと考える。あなたは充実した人生を送っている自身がありますか? 私たちはサラリーマンという顔だけではない、家庭や地域にも別の顔を持った自分づくりが必要となっているのではなかろうか。

第3回
8月5日
しなやかな生き方 講師:高原伸夫
元三菱商事九州支社部長

「男性論」は「人間論」である、という基本認識から、「生活者」即ち、裸の人間としての人生のあり方、歩み方について考えてみたい。社名も肩書きもなくなり、上司も部下もいない状況下で、自分という人間存在を取り戻すことから始めよう。

@会社を離れると、時間100%自由に使える。時間はお金では買えない、そして人生は限られた時間だから、「今」という瞬間を大切にしたい。

 誰からも命令されない、束縛されない、自然人に戻る。受け身、指示待ちの要素を完全に消して、すべて自分で決める主体性を確立しないとやってゆけない。

 「パパラギ」(1920 サモアの酋長ツイアビの欧州見聞談、立風書房)には、人間本来のあり方が非常に分かりやすく語られているので、参考にしながら話を進める。

A好奇心を持って取り組み、積極的に生きる。世の中のこと、世界のことを知らないのが普通だから、何事にも億劫がらずに、積極的に取り組んでみよう。

B大自然の中に身と心を置いてみる。心を洗い、ほんとうの人間らしさ、根源は自然人だということを取り戻す。人は自然の中で生まれ、自然の中に消える。

C今までと人間関係が変わるので、妻、子ども、親など家族との暮らしが柱になる。また、地域、趣味やスポーツの仲間、ボランティアや社会的活動など、利害関係抜きの、気の合った仲間をつくろう。分担し合い、生活の幅を広げよう。

D社会に関心を広げる。自分の蓄積してきた知識・経験を生かし、社会に還元する。また、経済活動は人間生活の必要から始まったものとの原点に立ち帰り、利潤優先の経済活動を根源から見直してみる。人類による土地・天然資源私物化に疑問を呈し、また、信頼関係こそ、金銭関係に勝るものとの認識に立ち戻ろう。

Eメディア任せ、政治家任せ、官僚任せには出来ない。自分自身の生活体験を生かし、自分の頭で考え直して語り行動する。焼け跡(戦争の傷跡)と戦後の「自由・平等・民主主義」の中で育った。自分の世代と次の世代との架け橋、語り部になろう。この機会に、米言語学者ノーム・チョムスキーの著作を読んでみよう。

F21世紀は、人類の生存、健全な発展のために、世界中で、女性の大量の社会進出が必要とされている。この運動を女性任せにせず、対等の人間関係を築くために、特に男性には、女性と手を携えて運動を進める特別な努力が要請される。

国連の「女性差別撤廃条約」を遵守し、女性をあらゆる分野の中核に押し出そう。

議員、政府、官僚、企業幹部……最終5割を目標として具体的に比率を増やそう。

G趣味のひとつとして、五行歌をお薦めしたい。

五行歌は、飾らない思いを自然な言葉で五行に託す、新しい詩歌のスタイル。

自分の言葉づかいで、自由な字数で、気軽に書いてみよう。しなやかな感性と知性を働かせ活き活きと自然体で暮らすのには最適の友。男性・女性、年齢差、師弟関係などの隔たりが一切ないので、地域・全国の仲間と一緒に楽しもう。

Hまとめ:生活者としてのあり方

会社社会の外に出て、改めて社会性を身につけ、視野広く生きること。
「自然」な人間性を取り戻すこと。
人間=読んで字の如く、「共に生きる仲間」の意識に立つこと。競争相手ではない。まして闘争や戦争をする相手ではない。男性と女性は手を結ぼう。

第4回
8月19日
男性の誕生 講師:粂 和彦
熊本大学発生医学センター助教授

【要旨】 男女協同参画社会推進のための基礎知識として、男女の性差とその成立機構を生物学的な側面から紹介した。脳と行動の性差も概観し、その男女差を議論する時に注意すべき点を、特に強調した。

【生物学的性差について】

○脳の性別の決定時期:人間では、胎児期に脳の性差(男女型)が決定する。性差の決定時期に臓器ごとの差があるため、1.性染色体の性別、2.脳の性別、3.外性器(内性器)の性別に、不一致が起きることもある。

○脳の形態・機能の性差:全体の大きさ、脳梁、前交連などの部位の体積などに男女差がある。機能的MRIや、PETなどという技術で機能面でも性差があることが示されている。ただし、脳の機能には生後の環境が影響する。特に、人間の高等な活動を支配しているのは大脳皮質で、生後のさまざまな刺激で、最も発達する部位である。この刺激は、社会に存在する環境の性差の影響を強く受ける。

【性差議論の落とし穴】

○生まれつきか、環境か nature or nurture

 比較する事項によって、環境(後天的)要因と生物学的(先天的・遺伝的)要因の寄与度は、さまざまに変わる。一卵性とニ卵性双生児を使った研究で、前者が後者よりも、より「似ている」現象は、遺伝的に決まる部分が多いと判断される。

○どのような現象をどのレベルで比較するか?

 単純な現象(例えば、身長・体重)では、遺伝的要因の影響が大きくても、高次になれば(例えば、ある競技が上手かどうか)、後天的環境要因が大きくなる。複雑すぎる現象は、通常、比較に意味がない。「幸福の遺伝子」があるかどうかなど、典型的な間違った議論である。

 また、生物学的な性差があっても、社会形態や技術によって、差がなくなることもある。障害者の問題と同じで、社会が多様性を受け入れるデザインとなり、男女両性にとってユニバーサル・デザインになれば、性差を強調する必要はない。つまり、現状の性差を作り出しているのが、社会のデザインのレベルという可能性も検討するべきである。

○どのような統計に基づくか?個人差を超えるか?

 何かの平均値を比較して、有意な男女差があっても、個々の男性と女性の間に、同じことが認められることまでは示唆しない。ばらつきが大きい現象で、個人を対象にする際は、性差を考える必要がない。別の要因がより重要なことも多い。例えば、男女差よりも、年齢差による影響が大きい場合には、「公平性」という視点から、性別よりも、年齢別によるグループ分けの方が適当なのは、議論の余地がない。

○科学なのか、血液型性格占いなのか?

 科学的根拠など全くなくても、類型化することによって、理解できたという安心感を得ようとする傾向がある。血液型性格占いは、典型的例である。科学的ではない男女差を、あたかも科学な差のように議論されることが多い。

【結論】

 男性の幸福論を考える現代男性学の講師として、また、妻とともに子育てし、仕事以外の社会貢献にも積極的に参加してきた個人として、男性が真の自己実現をしやすい社会が、男女共同参画社会だと考えている。従来は、男女差別をなくそうと、男性の現状に、女性を並べることが、主に目指されてきた。しかし、男性中心の仕事(成果)優先主義に、女性が合わせていくよりも、過労働で家庭生活や、仕事以外の生き甲斐・楽しみを切り詰めている現状を見直して、男性が家庭・子育て、あるいは、地域貢献・社会貢献など、仕事以外の社会参加をしやすい環境を作ることが望ましい。そして、そのような男性の生き方を支援するアファーマティブアクションを行うことにより、男女の両方にとって、多様性のある自己実現を目指しやすい社会が実現できると考えている。(結論には、妻の粂昭苑のアイデアも借りた。)

【補足】 概要・資料・参考文献を、http://k-net.org/lectures/ に公開

第5回
8月26日
男性のための男女共同参画社会のシナリオ 講師:上野眞也(熊本大学生涯学習教育研究センター助教授)

これまで5回の講座を通して、男性とジェンダーの関わりについて考えてきました。最終回は、制度、社会慣習、意識などをどのように変えていくことで、男性はもっと幸せになれるかということを、参加者の皆さんで考えてみましょう。

(江口m)会社・家庭・地域での生活のバランスを取りたいが難しい。離塁感覚を大切にしようとしても、天井なしの残業などといった現実がある。

(渡辺m)フリーターで独身男性であるが、男性の過労自殺やリストラをおそれ家庭を顧みない生活に入るのは躊躇する。

(肥後m)人生は自分の決断、やめたいと思えばやめた方がよいのでは。自分が幸せと思えば、幸せである。相対的な幸福感=人並みであり、絶対的な幸福感=自分が決定、といことではないか。そのような人生を送るためには、自分で武装しておくことも大事。

(木村f)男社会は「仲良しごっこ」の男社会ではないのか。内部告発もうまくいかない。(肥後m)職場で改善を提案するときは、しつこく提案していくことが必要。

(茂木f)千葉から単身赴任している。男性は男らしさの縛りにとらわれていると思う。目下、夫とのコミュニケーションも課題。

(田代f)公務員であるが、女性は女性上司にはかえって言いずらい。労働時間の問題も大きいと痛感している。

(吉武f)「自分の人生は自分で選択する」という生き方がすばらしいと思う。

(赤星f)「仕事に逃げる男」がおおいのでは。個を持たない集団に生きていると思う。(渥美f)職場で、男性は一般的に女性のいうことは聞かない。日本の社会は受け皿がないのではないか。

(畠山m)幸せはその人その人の考え方による。自営業と趣味で自分は今幸せと感じる。

(松本m)常に職場で女性から「男だから」といわれる。たまには男も弱みを見せたい。女ももっと理解を!

(井芹f)元労働組合の役員だったが、地域活動で同僚の男性の顔を見たことがなかった。そのような人が人事の偉い立場になっている。職場、地域、課程のバランスを取った人生を生きている男性がいない。

(吉田f)女性の能力を発揮しなければならない病院に勤務している。女性が職場で働き続けることは厳しい。また女性が女性の足を引っ張ることも多い。

(角田m)いまは経営者の立場であるが、仕事から定時に帰れない感覚はなんだろう。残業時間がサービス残業であったら労基法の問題とすべきでは。

(宮本f)これまで政経塾の女性企業化支援講座などに参加してきたが、女性として発言力や能力をつけていくためには、ジェンダーの問題が関わっていることに初めて気がついた。

参考文献 佐竹信・吉武輝子『定年後の人生』岩波ブックレット、1997年。

 平成16年度 男女協働政経塾報告書「自分にちからを!」
 (於:くまもと県民交流館パレア)
Coryright (C)熊本県男女共同参画センター(くまもと県民交流館パレア)